
昨日書いた甘味処「楓」には、電車で行きました。車中、先だって訪れた刑部岬の展望塔でいただいた、いくつかのパンフレットを読みました。それによると...。
国定忠治や清水の次郎長はチョ-有名ですが、江戸は文化文政時代。この地域は、飯岡助五郎という大親分が仕切っていた。飯岡の名前はそこに由来する。
助五郎一家には、多くの流れものが居座って、その一人が座頭市だった。座頭市は、藩の刺客も兼ねていて、大河ドラマ「勝海舟」の作者・子母澤寛(しもさわかん)が、この地を訪ね、「座頭市物語」を書いた...。
へぇ~。「天保水滸伝」も出てきて、とても有意義な小旅行でした(笑)。
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