
夕方、工房に戻ると、平らに切り開かれた雑木林の中に、赤い実を見つけました。
ピラカンサは実をたくさんつけているし、ナンテンの実は上向き?
俗に、上にセンリョウ、下にマンリョウと言われますが、マンリョウではないかと...?
無い知識を総動員して思い起こした名前。また一つ、初冬の風物詩を見つけました。

夕方、工房に戻ると、平らに切り開かれた雑木林の中に、赤い実を見つけました。
ピラカンサは実をたくさんつけているし、ナンテンの実は上向き?
俗に、上にセンリョウ、下にマンリョウと言われますが、マンリョウではないかと...?
無い知識を総動員して思い起こした名前。また一つ、初冬の風物詩を見つけました。

毎年恒例となった、九十九里ハーブガーデンの"もちつき大会"(12月27日)。

毎回参加していると、なじみの顔ができあがります。
後方では、"そば打ち体験"が始まりました。年越し蕎麦とお餅。昔はそれぞれの家庭で、こうしてつくっていたんですね。
時間があったのか?年の始まりを、神聖な気持ちで迎えていたのか?隣近所が力を合わせていたのか?いろんなことを考えました。

手際の良さは、プロ級。

来る人来る人、誰もが知り合っているような気がします。

工房に来てくれた梨絵ちゃんと、最後は、ハーブガーデンでバッタリ。ずいぶん大人っぽく見えました。7月の時は、こんな感じでした。

23~25日、恒例の「チャレンジショップ(5回目)」がおこなわれ、大網白里町商工会と大網高校の生徒さんと先生のコラボ。空き店舗を利用した「歳末市」で賑わいました。大網高校の「手づくりジャム」は、それを買い求めるために、初日は、長蛇の列となりました(今回は、700個売ったとか?)。

黄緑色のおそろいのブレーカー。覚えたての商品知識を、熱を込めて話しています。身振り手ぶりのパフォーマンス...。「かんば~い(完売)!」の声が、次々と上がりました。

ひときわ目立ったHさん。経営コンサルタントを目指ざしているとか...。後輩たちに、「あと2時間だから、頑張ろうぜ」、と声をかけていました。さすが! カメラを向けると、ピースするのは、私の高校時代と変わることがありません。

5回目のチャレンジショップ。生徒は毎年変わりますが、先生は...。毎年、この日だけ、お会いする先生もいます。白里高校時代の妹の先生も...。その会社に、「山本もいるのか?」などと笑いあいました。

大網白里町は、八ン場ダムのある「中之条町」と長きにわたって、交流しています。チャレンジショップとしては、はじめて「足湯」が登場しました。四万温泉から運んだ温泉に足をつけた、笑顔のステキなご婦人と知り合いになりました。

整体の「もみたん」店長(どことなく、氷川きよし似の好男子)は、初出店。「10分500円」の看板が目にとまり、次々とマッサージを受けに来ていました(昨日は私も...)。
足湯あり、整体ありの「チャレンジショップ」は、こうして幕を閉じました。昨年までは、4~5日やっていたチャレンジショップ。今年は三日間。よかったよかった...(笑)。

東金朝市、アースデーマーケット、100万人のキャンドルナイト...。今日は、出ずっぱりの一日でした。朝5時に工房を出て、夜9時に帰社。感激を力に、4時間かけてこのブログをつくり、眠りに就いたのは午前2時でした。

アースデーマーケットが終わると、50人を超えるボランティアスタッフは、キャンドルナイトの準備に取り掛かりました。竹トンネルと竹ツリー、キャンドルのライトアップ...。前日までの苦労をものともせずに、首尾良く仕事を進めていました。

スタッフの一人、サエコさん。先月行われたキッククオフパーティーでもお会いしていましたが、顔は覚えていたものの、名前が出てきませんでした。ツリーの飾りつけに余念がありません。

竹ツリーはこんな感じ。交差点のあっちとこっちに二つつくられていました。

白いボードを拡大してみると、こんな言葉が書かれていました。ボードの額まで竹。すべて竹ずくし。「竹を何とかしないと森が守れない!」という思いがそうさせたのでしょう。また、「とことんエコ」の視点から、ローソクは、商店街から出る廃油からつくったそうです。下の写真も見てください。

卵のパック、ゼリーの容器、ハンドルを回すと出てくるプラスチック製のおもちゃの入れ物...。これらはすべて、稲毛海岸から集められたものでした。このゴミは、何でしょう?お豆腐のパックにコーヒーミルクの入れ物をかぶせたように見えました。それともこんな形のゴミがあるのでしょうか?

歩道に並べられたキャンドルスタンド。これを炭に焼いて、商店街の皆さんに、「竹炭と竹酢液という形でお返ししよう」というのです(笑)。ところどころで、「あなたが竹炭屋さんなんですね?」と言われました。

開始時間が迫るものの、ビルの間の強風で、ロウソクの火は、すぐに消えてしまいます。「一本でも多く火をつけたい」と願うスタッフの努力は、終了間際まで続けられました。一人ひとりの陰の努力がキャンドルナイトを支えているんだなと、改めて思いました。

笑顔がステキな3人組。忙中閑ありのおしゃべりはたえません。
「下の名前だけ教えてくれませんか?」
「洋子、智子、優子!」
「みんな昭和の名前だね」と大笑いしていました。
強風の中でも、ここだけは安全。竹のトンネルのロウソクに火が灯りました。
続いて歩道のキャンドルにも...。背の高い竹スタンドだけが、明るく光っていました。
トンネル内で写真展を開いたアマチュアカメラマンの千里さん。私に写真のノウハウを教えてくれる約束ですが、約束は果たされていません(笑)。キャンドルライトを見て、何を考えているのでしょう?
街路灯が消されて、真っ暗やみの中で光るロウソクの火。赤や黄色や緑のロウソクは、とても廃油とは思えません。
ビルの横の展示コーナーでは、さまざまなキャンドルスタンドが並んでいました。
芸術!強風に耐えてあたりを照らすロウソクのこもれ火は、足元を温かく包んでいました。
「よばなし茶会」の会場には、交差点同様の「竹ドーム」が置かれていました。外側の黒と内側の白。ロウソクの火に照らし出されて、幻想的な空間ができあがりました。
お化けの大嫌いな照くん。何が始まるのか、ちょっと興奮気味でした。
「お化けが出るぞー」と脅かすと、「俺やだよー」と、子供丸出しでした(笑)。
茶会でるのは、何年ぶりでしょうか?茶碗を回すのは、出された正面を避けるためということも知りました。「足を崩してかまいませんよ」という先生の言葉に、あぐらをかいていただきました。
器も楊枝も竹。和菓子の中にも竹が...。以前、ブログで紹介した「楓」さんのオリジナル和菓子は、ホンポウ初公開。表面に、竹の模様をうっすらと描いた心配りがなされていました。
中央公園のイルミネーションが、こんなに粗末に感じたのは、私だけではないでしょう。キャンドルナイトの経験は、「稲の旋律」に通じるヒントを与えてくれました。「どんな形で竹炭と竹酢液をお返しするのか」も、はっきりしました。
これからがたけさとと私の出番。ただでさえ忙しい年末年始に、こうしてまた一つ忙しさが加わりました。。

「観光リーダー養成講座(館山市)」に参加しました。お昼は手づくりのおもてなし。館山市保健推進協議会のみなさんによる「おらがこっつお」を食べました。素朴な味が、妙においしく感じました。
午後は、フィールドワーク。赤山地下壕跡(NPO法人「安房文化遺産フォーラム)と沖の島(NPO法人「たてやま海辺の鑑定団)の二か所を回りました。

「沖の島」では、ウミガメさんが、この日打ち上げられたサメを片手に、館山の自然を解説。アカウミガメの頭蓋骨やヤシの実など、黒潮が運んだおみやげも、いくつか見せてくれました。

昨年12月の城西国際大学の観光学部「公開セミナー」。講師を務めた鑑定団の三瓶さんと「沖の島を見に行く」約束をかわしました。この日、その約束を、果たすことができました。
講師を務められたNPO法人千葉自然学校の浅井さんと上地さんとも知り合いになり、「アンダンテ~稲の旋律~」本部実行委員の高見俊輔さんともご一緒でした。
こうしてまた一つ、"仲間の輪"が広がりました(笑)。おしまい。

地元、小沼田の子ども会が、炭焼き体験に来てくれました。上は小学6年生から下は幼稚園児まで。お母さん含めると総勢35人が、楽しかったと言ってくれ、ホッとしています。
「これな~に?」
「ハチの巣」
「ちょっと違うね。ハチの巣に似てるから『ハチス』と呼ばれ、いつしか『ハス』になったんです...」
「これわかる人?」
「ツバキ」(手を挙げたのはお母さんでした。)
「これは?」
「ウインナーソーセージ」
「違う違う。ガマの穂って言うんだよ」
(ここで、童謡「大黒様」の歌を披露...♪ガマの穂に包まれば、ウサギは元の白ウサギ♪)
大学時代に覚えた「ガチョン」。30年ぶりにみんなで遊びました。子どもらが要領を得る頃にはこちらが疲れ果て(笑)、風の子たちはそのまま、鬼が増える「鬼ごっこ」...。
子供ら全員のスナップも撮ったのですが、紙面の関係で一枚だけ。この写真を載せても誰も文句を言わないでしょう(笑)。
11月のおじさんたちの炭焼き体験の模様は、多娯作さんのホームページに紹介されています。


将来は、ピアニストか音楽の先生...。 周囲(とりわけ母親)からそう期待され、高校までは優等生で育った千華ちゃん(東京生まれ)が、大学を中退し、"ひきこもり"となってしまいました。
そんな彼女が、父親から紹介された会社(錦糸町)でのトラブルもあって、家での昼夜逆転の生活に再び戻ってしまいました。
一ヶ月後、自分の荷物を取りに行くために、錦糸町で降りるはずでしたが、そのまま総武線に乗り、銚子行きの電車に乗って、外房の田園地帯(横芝光町)に降り立ちました。
夏の稲穂のざわめきが、身についていたピアノの旋律と重なったことで、ここなら、「私のことをわかってもらえる」と、ペットボトルに"SOS"の手紙を入れて、畔に置いていきます。それを拾った晋平(農家)が、千華の"心の叫び"を感じ取って、丁寧な手紙を出す...。映画「アンダンテ~稲の旋律~」は、ここからはじまります。
ひょんなことから、東金上映会の事務局長を買って出て、6日午前、スタッフしか入れない完成試写会に出向き、原作者と交流するまでになりました。
撮影は、横芝光町。エキストラは町民でした。試写会では、金田監督以下、旭爪さんや佐藤晴彦町長らがあいさつ。「こんなに頻繁に撮影現場に来た作者は、はじめてと言われました(旭爪さん)」とか、「ネガのカットは映画に付きもので、『その隣に私がいたのに!』と、言わないでください(金田監督)」など、笑話、裏話も聞けました。撮影のため、稲刈りを3週間も遅らせてくれたり、スタッフの炊き出しをしたり...。佐藤町長は、「5人に一人(5000人)の町民のみなさんに見ていただきたい」と決意を述べました。
千華を演じる新妻聖子さんと晋平役の筧利夫さんのビデオレター。原作も読んでの参加でしたが、忠実になぞっていて、涙することいく度か...。旭爪あかねさんも目を腫らしているようでした。
もう一度試写会を見て、原作も読みなおして...。東金の上映会では、旭爪あかねさんに来てもらおう...?映画のことや私も参加した試写会のことは、新聞社が一斉に報道しました(クリックすると「朝日新聞(千葉版)」の記事が見られます)。
来年4月の本上映ー4月17日(土)午後2時会場 2時半開演(於:東金文化会館大ホール)ーに向けて、「アンダンテ」がゆっくりと始動しました。

およそ一年ぶりでしょうか?新築住宅の床下に「炭」を敷く仕事が入りました。月末の一週間は、その仕事に追われ、今日の午前、無事に終了しました。
"みどりが丘"という、のどかな住宅街。設計士の千草先生は、お客さまに、床下に炭を敷くことを勧めてくれています。妹の会社は、ぬくもりのある"木の家"をモットーにしています。
京都御所の下には、炭が敷かれていて、その炭は、今に至るも、「夏場に湿気を吸って、冬場に湿気をはきだし」ています。床下の炭が、"半永久的"と言われる所以です。
床面積26坪の家に400kgの炭。一か月近くかかって焼いた竹炭は、カラカラ、チッチと音を立て、ぬくもりのある家を守り続けるでしょう。なんせ梅雨時でも、スナック菓子がしけらず、部屋干しした洗濯物が、一晩で乾くほどなのです。
