気分転換の最近のブログ記事

花炭の素材にする

 7月はガマの穂、8月はフジ豆、9月はクリ...。前後重なることもありますが、大方、月ごとに集める「花炭」の素材。素材集めは、来年1月まで続きます。

 今日は、お盆前に行くはずだった佐久間さんちにフジ豆をもらいに行きました。

 多くて三本、通常は一本。鈴なりの花から実を結ぶのはほんのわずかです。「すべての花から実ができると、バナナのようになるね...」と笑いながら、フジ豆を採らせてもらいました。その数400本。

 扁平形の種子は、下痢を抑える胃腸薬。お城の石をフジの蔓で運んだほどの、強い植物です。

 

 九十九里地域の稲刈りは早く、いよいよもみがら集めが始まります。600袋のもみがらを、一カ月で集める作業は、それなりの覚悟が要ります。

 もみがら(籾殻)にはケイ素(腐らない成分)が多く含まれ、昔は、卵やリンゴは、もみがらの中に入っていました。理にかなっていたんですね。今では不要物になったもみがらを炭に焼いて、土壌改良材として使えるようにしています。

 化成肥料は、使うほどに土を悪くしますが、もみがらくん炭は、使うほど土が良くなり、色・香り・甘さなどすべてに良好な結果をもらたします。ひげ根がぐんぐん伸びるからなんですね。

 今日はお休み!と思っていましたが、佐久間さんとの約束を思い出してしまいました。気分だけ「お休みモード」でした(笑)。

 

 

西に沈む太陽(豊海海岸

 写真は、西に沈む太陽です。工房から車で5分。九十九里浜中央部の豊海海岸"展望塔"から撮影しました。

 この日の夕方、流山のかごや商店さんに、配達に行く予定でした。また、以前から、月の日の出を撮影したいと思っていて、今日が絶好の日和とも考えていました(次の満月は、30日)。迷った挙句、「営業優先」と、車を走らせました。

 ところが、東金有料道路入口に、"事故渋滞10km"の表示が...。急きょ九十九里浜に舞い戻りました。時間は午後4時。5時に撮影して向かえば、7時には流山に着ける!! と判断したのです。

 さてさて結末は...。

 九十九里浜に到着したのは、午後4時30分。5時には暗くなり、"月の日の出"が見られる予定でした。ちらほらと、人が集まってくる様子もありました。みんな"月の日の出"を見に来ているんだなって...。ところが...。

 6時になっても、6時半になっても、お月さまは出てきません。空には、30度の角度にオリオン座が光り、無数の星が見えているのにです。さっきまでいた人たちも、見当たりません。温暖な正月とはいえ、海風は冷たく、軽装では耐えられないほど。広い海岸で、一人待つこと2時間10分。

 オートフォーカスでは明るさが足らず、マニュアル撮影に切り替え、ISOを3200にセットしたり...。暗闇での作業は、それなりの工夫が必要でした。その甲斐あってか次の写真が撮れました。"月の日の出"です。

 寒さも疲れも、素人のカメラ操作の苦労も吹き飛びました(笑)。金子さんに、お詫びの電話を入れました。

月の日の出(1月2日午後6時40分)

 

 

雑木林の中のマンリョウ。

 夕方、工房に戻ると、平らに切り開かれた雑木林の中に、赤い実を見つけました。

 ピラカンサは実をたくさんつけているし、ナンテンの実は上向き?
俗に、上にセンリョウ、下にマンリョウと言われますが、マンリョウではないかと...?

 無い知識を総動員して思い起こした名前。また一つ、初冬の風物詩を見つけました。

波切不動尊(山武市成東)

 緑の風(JA直売所)に納品に行くたび、いつも気になっていた「波切り不動尊」。今日午後、JA山武に向かう途中、ちょこっと立ち寄りました。真っ赤な朱塗りの仁王門。急な階段を登ると、茂原の笠森観音を思わせる本堂。腰までしかない手すりなので、のぞくと怖い。本堂に寄り添うように回廊し、弘法大師の碑の前で落ち着きました。

 建立は、天平年間。行基の名前が...。30メートルの岩肌に26本の柱を打ち込んで、できたとされる本堂は、その昔、この寺の明かりで遭難した船が助かったとか...。

 岩の中ほどに、札所があり、「ぼけにかつ」看板。下庭の左側には、真言宗智山派の建物がありました。詳細は次のブログまで...(他人のブログですが、拝借しました)。

 こうしてまた一つ歴史的遺産を発見。先人たちに思いをはせています。

郁(いくし)君とお母さん

姉崎神社の本殿 手づくりの生パスタ専門店=プリマパスタ。竹炭(パウダー)入りのパスタをつくっていただいています。いつもは宅急便で送るところ、注文書に「最速!」と書いてあったので、市原は姉崎までお届けにまいりました(「一度はお会いしたい」という気持ちもありましたので...)。

 担当の鈴木ひろみさんとの話の最後に、「近くに名所はありますか?」と質問。「姉崎神社がいいですね」と教えていただきました。

 今年2月の法人会の旅行会。新潟は長岡の「高龍神社」の石段がきつかったこと...。以来、ジョギングをするようになりました。姉崎神社も石段でした。が、163段上がっても、日ごろの成果か?、平気でした(「ヤッター!」)。

 本殿の前で遊ぶ。1歳2か月の郁(いくし)君とお母さん(名前はこれで良かったのかしら?)。神社の由来を聞いたのですが、私の方が知っていたりして...。愛らしかったので、「ハイ、ポーズ」。

 「石、食べてるよ」と言ったら、愛知県出身のお母さん。大笑い...。楽しいひと時でした。

 

126号国道から見た飯岡の風景。銚子にかけて、風力発電の巨大風車が広がっています。

 昨日書いた甘味処「楓」には、電車で行きました。車中、先だって訪れた刑部岬の展望塔でいただいた、いくつかのパンフレットを読みました。それによると...。

 国定忠治や清水の次郎長はチョ-有名ですが、江戸は文化文政時代。この地域は、飯岡助五郎という大親分が仕切っていた。飯岡の名前はそこに由来する。

 助五郎一家には、多くの流れものが居座って、その一人が座頭市だった。座頭市は、藩の刺客も兼ねていて、大河ドラマ「勝海舟」の作者・子母澤寛(しもさわかん)が、この地を訪ね、「座頭市物語」を書いた...。

 へぇ~。「天保水滸伝」も出てきて、とても有意義な小旅行でした(笑)。

刑部岬より飯岡漁港、九十九里浜を望む

 今日午前中、海匝保健所(銚子市)に、「模擬店解説届」を出しに行きました。来月行われる、旭市の三つの「産業まつり」のイベント出店のため。帰り際、ちょっと寄り道して、刑部岬の展望塔に行きました。

 刑部岬(ぎょうぶみさき)は、九十九里浜の東端で、漁港と反対方向に広がる「屏風ヶ浦」の岩石が浸食され、九十九里浜を形成したとされています。残念ながら、展望塔からは屏風ヶ浦に行けず、照くんたちが留守番する工房が心配になりました。

 来年は、一日かけて書類を届けるぞ!屏風ヶ浦の遊歩道散策を楽しみに、めんどくさいことも楽しみに変えて、頑張っています(笑)。

 

沈まぬ太陽

 26日、久しぶりの休日。「沈まぬ太陽」を観ました。

 60年代の高度成長と労働争議。日航ジャンボ機の墜落事故と国家関与の経営実態...。JR西日本の福知山線脱線事故や日航の経営破たんなど、今日につながる様々な問題を丁寧に拾い上げています。

 日航の社長まで上り詰めようとした矢先、三浦友和が、かっての労組仲間(香川照之)がワイロ加担を苦に自殺した事件で、東京地検に逮捕される場面は、あたかもライブドアのホリエモンと重なって見えました。成功者が失敗し、落伍者?(渡辺 謙)が新天地でよみがえる...。二人の対照的な生き方も考えさせられるものでした。

 後日、最後の字幕に、「この映画があらゆる交通機関の『安全・安心』促進の一助になることを願います」と表現されていることを知りました。せっかちの私は、画像が消えるとすぐ出てきてしまいましたが...(笑)。

 平日の初演にもかかわらず、老夫婦のペアが、通路まで並んだチケットカウンター。昭和の時代を映し出し、社会と自分を見つめ直す機会を求めているのでしょうか...。

 

 

   台風通過後の九十九里浜(10月9日朝) 昨日の夜、ふと思いました。「台風後の公園に、ドングリがたくさん落ちている」...。と、4時起きして、この間の「千葉みなと公園」に行きました。

 「あるわあるわ」「宝の山?」...。予定した400個のドングリを拾い、帰路に着きました。

 また思いました。「九十九里の浜はどうなっているんだろう(ゴミが散乱しているんじゃないか?)」、と...。

 行ってみて安心。きれいなままでした。遊歩道まで波が来ていることが心配でした。この画像をラジオビタミンに送りました。

会社概要

  • 有限会社たけさと

  •  九十九里の炭工房として、「炭で健康」「炭で美肌」「炭でインテリア」「炭でガーデニング」という4つの魅力を広げ、将来、体験型の観光スポットにしたいと願っています。

  •  出会い・ふれあい・自然との共生・地域おこし・障がい者の就労支援…。東奔西走する社長の記録をお届けします。

  • たけさとのホームページ

看板猫ニャンニャン

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